洋梨のカタチしてるけど、和梨です。

シンガー・アーティスト 阿雨里 芽芽 (a.k.a. Sista Mei-Me)と 一緒に、‘自分’を旅してみませんか?? 合言葉は ~ I am, I soar ! ~ 私でいる、翼をひろげて。 知らず知らず まとってしまったベールを1枚1枚脱ぐように、くもった鏡を1回1回拭くように。何の制限もないところにいる私は、どんな ‘自分’ だろう。 Starting with the WOMAN in the mirror ♡

新しい朝に ‘ 着いた’

いま入院している部屋は4人部屋です。

とてもラッキーなことに窓側のベッドなので、大きな窓から大きな大きな空が見えます。

さらにラッキーなことに、周りの建物も背の低い建物ばかりで、京都市の北部の山々まで、視界をさえぎるものがほとんどなく、まさに大パノラマ!

(先週 京都の病院で手術をしてそのまま入院しています)

 

日がな一日、ずっと空を見ていますが(廊下のお散歩やリハビリ、シャワー、洗濯なども、自力でしてますよ)、毎日毎日、空の色も雲の形も山の濃淡も、まったく違うことにあらためて気づかされます。本当に窓側のベッドで良かった!

 

毎日食事や消灯の時間が同じで、さすがに曜日の感覚が薄れてきましたが^^;

なかでも毎朝 仕切りのカーテンとロールブラインドをあげて空を見る瞬間が、一番ワクワクします。

フリーランスで仕事をしていると、『〇時△分』単位まで毎日同じ時間に起きたりはしないので(寝る時間から何時間後、で決めることが私は多い)、まったく同じ時刻の朝焼けで1日を始めるとか、ここ何年もしていなかったなぁと、毎朝のこの大パノラマな『朝の配達』がとてもとても幸せです。

 

そして昨日ふと、朝は来る・届くというイメージで当たり前のようにいたけれど、実は移動してるのは私達のほうなんだから、

『こちら(私)が朝という場所に着いた』んだ

と、視点がクルンと回るような感覚を覚えました。(入院してると時間はたっぷりあり余ってるもので(笑)思索にふけり放題です)

 

♪新し〜い 朝がきた ♪ って、ラジオ体操の歌、みんな小学生の時の夏休みは毎日あれ聞いて育つから、いつの間にか『朝は来るもの』だって思い込まされてるんですね(笑)

 

むむむ、とゆー事は…

これは、日常生活の中で「あっ!逆じゃないか!」ってこと、まだまだあるんじゃないか?(ええ、入院生活は時間がたっぷ(略))

 

たとえば、このベッドサイドの大きな窓は真北向きなのですが、『北向き』って言葉から想像するのって多分、『日当たりが悪い』『窓から枯れ木が見える』『寒そう』とかではないでしょうか。でも実際は、窓の大きさ、見晴らしの良さなど条件がそろうと、北向きの窓というのは1日を通して陽の差しかたが一定で、とても穏やかな明るさが保たれ、どうかすると南向きの窓のように、陽が強すぎて結局カーテンを引くとか時間ごとに陽の差す向きが変わるといった、せわしなさもありません。

『北』から連想するイメージ(津軽海峡・冬景色みたいなヤツ(笑))と、実際は、真逆です。

同じく、真逆に近いといえば…

手術したって言うと皆さんから「手術大変でしたね」「大丈夫?」等々、いたわりの言葉をいただくのだけど、私の場合はこれもまた、かすかに、かな〜りだけど かすかに、ハイ、って言いづらい何かを拭えなくて…^^;

手術において、本当に大変だったのは執刀医です。何時間も立ちっぱなしで集中力も要りますし、本当にありがたや、です。あと、待ってるしかない家族や友人(の心の内)。手をこまねいてるしかないって、本当に大変だと思う。

当の私はといえば、いつの間にか眠って目が覚めたらすべて終わってるので、『手術』に関してだけは、何にも大変な思いはしてないワケです^^;(意識が戻ってからの絶対安静中や術後の生活、手術が決まる前の検査の日々のほうが、本人にとっては非常事態な感覚が強い)

 

術後も、身体にチューブついてたりするので、見た目はすごく大変そうで可哀想に見えると思うのですが、本人は歩行もトイレもシャワーも自力で出来ており、いわゆる普通の生活と大差なく行動できるため、意外と平然としてたりします。

先日、今後考えられる投薬治療について医師から説明を受けまして、私の他に私より少し若そうなご夫婦(奥様が私と同じ手術後で旦那様は付き添い)も一緒でした。ぱっと見は、細い身体にやはりチューブのついている奥様がどうにも痛々しい感じなのですが、横で落ち着いて感じよくにこやかに質問したりされている旦那様を見るほうが、私としては辛いものがありました。おそらく旦那様は今、自分がしっかりしなきゃ、と、仕事も奥様のことも全部、すごく色んなものを背負って弱音も吐かずに毎日めいっぱい生きてるんだろうな、と想像したら、もう何か、どうにかして頑張らないでー、って言ってあげたくて…いや、こんなチューブついた私に言われたくないだろうけど…^^;

崖っぷちにいる『感覚』という意味で、本当に大変なのは多分旦那様のほうだろうなと。手術した本人は意外と、なるようにしかならないってな具合に腹くくっちゃうので、メソメソも何もしてないもんなんです。数日後、ナースステーションの前でその奥様に会って少し雑談した時も、本人は大変だぁぁぁぁとか実は思ってないよね(薬の副作用についての資料とか読んでる時はさすがに楽しくはないけど)、そして治るつもりでいるというか、悪化することなんて頭をよぎりもしないし、本当に落ち着いてるんだけどねぇ、という話でお互い盛り上がりました。

 

だから皆さん、この先 近しい人が入院とかした場合には、「何かして欲しいことある?」というのを、本人だけでなく、むしろ御家族などヘビーにサポートを余儀なくされる人達にも(聞ける立場にあるなら)聞いてさしあげてください。

 

あ、でも私への「手術大変でしたね」「大丈夫?」ってお言葉は、ちゃんと「元気になってね」「芽芽ちゃんにまた会いたいからね」「ひとりじゃないからね」って意味だと、受け取っております。ありがとう。

同じく「絶対にがんばれ!」「早く治してね!」等も、「病人ヅラこいて、色んなこと諦めんなよ!」という励ましだと分かっております。力が出ます。ありがとう。

 

まだチューブは付いたままなので(身体にたまる体液や瘀血を外に出すドレーンがまだ取れないのです)、入院はもう少し延びそうですが、

見た目より、全然かわいそうじゃないよ、ってことです(^^)、朝は『来る』んじゃなくて『着いた』なので!!

見方を、クルリとね!!(おっ 話を戻したね(笑)!)

 

さいごに。

『ラジオ体操の歌』の歌詞、反対の意味に置き換えたら笑えるかな、と思ったので作詞してみようかと思ったのですが、試しにと『ラジオ体操の歌』『反対』で検索したら、こんなの出てきた(笑)

 

ラジオ体操の曲、歌詞を全部【反対】にすると? 歌ってみたら涙出た – grape [グレイプ]

 

似たようなこと考える人っているんだな、やっぱり(笑)。先こされてちょっとくやしい(笑)。