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洋梨のカタチしてるけど、和梨です。

シンガー・アーティスト 阿雨里 芽芽 (a.k.a. Sista Mei-Me)と 一緒に、‘自分’を旅してみませんか?? 合言葉は ~ I am, I soar ! ~ 私でいる、翼をひろげて。 知らず知らず まとってしまったベールを1枚1枚脱ぐように、くもった鏡を1回1回拭くように。何の制限もないところにいる私は、どんな ‘自分’ だろう。 Starting with the WOMAN in the mirror ♡

人生、タラレバしててもしょうがない(決意表明)

ちょっと、思っていたよりも、治療内容とスケジュールがヘビーになりそうです。

昨日、主治医から追加病理検査の結果を知らされ、医師全員による全体カンファレンスでの判定前なのでまだ検討の余地があるとはいえ、さすがに凹みました。

乳がんで切除手術をしてそのまま入院中、ですが、詳細な闘病記をつづるブログではありません。むしろいま病気かどうかに関係なく、もし何か悩みがあって心の置きどころが見つからなかったり、迷って進めない人がいらしたら、何かのヒントになるかもしれません。長文なのでピンときた方のみ、読み進んでください、病気のあれこれを読みたくない人は、なかほどの『結論。』という行までさっくりスクロールで(^^)!)

 

体調はずっと良いんですよ、しかも悪い部分は切ったわけだし(^^)

ただ、一番やりたくなかった治療法を、検討しなければならなくなり、またしても仕事復帰の青写真が振り出しに戻る可能性が大きくなりました。

 

さすがの私も(?)昨晩はだいぶ凹みましたが、凹みながらもめげずに頭を整理したので、ひと晩あけて、気持ちはすっかり落ち着きました。

タラレバでどっちが良かったかなんて考えてもしょうがない、と腑に落ちたからです(^^)

たとえば、 

もっと短いスパンで経過観察をしてたら良かった?

偽陽性(1年半ほど前)のときに手術してしまえば放射線治療抗がん剤はしなくて済んだ?

…など、

これまでのことをふり返って、いろいろ色々、そりゃもうい〜ろいろ(笑)、自問してみましたが、

(ちなみに主治医によると、乳がんに限っては個人差はあるが5〜10年ほどかけてゆっくりガン化するので、1〜2ヶ月遅れた位では大差がない、との見解でした)

たしかに、

今回より早く見つかっていても、切らずに済む方法を模索する時間が増えただけで、その時点ではやはり手術を選択しなかったかも。

仮に手術したとしても失敗してたかもしれないし、あわてて切って後になってやっぱり切らない方法もあったんじゃないかと思ったかもしれない。

そもそも、1年半まえの、最初の病院の医師とは相性悪かったしセカンドオピニオン受診を希望したら嫌がらせもされたし、どのみちその病院での手術なんか、絶対選択しなかったじゃん。 

思ったより治療がヘビーになるというのは気のせいで、本当はもっとひどくてもおかしくなかったのに、奇跡的にこの状態で、むしろ思ったより軽いのかもしれない。

目先のこと(薬の副作用)を気にして拒否することで、実は命の長さは逆に減るかもしれない。

はたまた、薬がどうしようもなく合わなかった場合、副作用がキツすぎて正常な細胞へのダメージが大きかったら、結局健康を保てなくなり、やらないほうがよかったと思う確率もゼロじゃない。

などなど。

 

結論。

メリットとデメリットを並べて、答えを出そうとすると、ワケが分からなくなる(^^;

人間には、現時点では現時点のことしか分からない、先のことは分からないし、過去のことは何かを選択したということであり、しかもそれはすでに完了したことなのだから、現時点で何を選ぶか、しか、やることは無いわけです。

 

ちょっとでも生きる確率の上がりそうなほうを確実に選びたい気持ちはあって当然だけれど、損得(メリットデメリット)で選ぼうとしたら、必ず行き詰まる。

 

いま起きていることから目を背けないこと。そのうえで、何が出来るのか、やりたいことはどれくらいできるのか、全部は出来ないならどれを優先したいのか…どれか何かを『選択する』んだと『決心する』こと。決めたらその道を『とにかく進む』こと。

決めたとおり、望んだとおりに事が進まなくても、それは必ず最善の道であることを疑わないこと。その、くり返し。

 

迷うのは当たり前。

どの選択肢を選んでも、どっちに転ぶか分からない、サイコロ振って何の目が出るか分からない、しかも『絶対保証つき』という選択肢はひとつもない中で、こちらのペースなどお構いなしに、はやく決めてね、って要求されてるようなもんなのだから。

文字通り『賭け』のテーブルに乗っているのは、まぎれもない『自分の命』なのだから。

思えば、人生において『命懸け』でやるとか口では言いながら、実際に命を賭けることなんて、実はそうそうあるもんじゃない。(賭けてるのは、命じゃなくて『人生』だったはず(^^))

この先も、きっと何度も『人生』の賭けに出ることはたくさんあるだろうと思います。でも正直なところ、出来ることなら『命』を賭けなければならないようなシーンには、もうあまり遭遇したくない(^^;

 

それでも、今回ばかりは、どうやっても近々にサイコロを振らなきゃなりません。

 

起きたことが最善だと、心の底から思えるようにするためには、自分の希望や願望を(叶いそうかどうかなど考えずに)これがホンネだって分かっておくことも不可欠です。

変更や中止になる可能性が濃くても、本当にやりたかったら準備にかかること。

直感で、無理だ、と感じたら、やりかけでも見栄をはらずに撤回・撤退すること。撤回したからって、それで永久に終わるわけではないこと。

起きてもいないことをただ不安がることや、済んだことに別の選択肢を選んでいたらなんて想像することに、むやみに時間を割かないこと。

過去や未来は、目の前の扉のカギを開けたい時に、これまでの傾向から失敗しやすかった方法を避けたり、違うやり方や応用を加えてみることで こんな風にカギを外せるんじゃないかと予測するとき以外は、何の力も持たないことを、私は覚えておこう、これからも何度でも思い出そう、と思います。

 

シェイクスピア劇『ハムレット』の、若き王子ハムレットの台詞に、

『To be, or not to be.』---『現状維持か、現状打破か?』(三輪えり花 訳)

というのがあります。

一般には『生きるべきか、死ぬべきか』という訳のほうが有名かもしれませんが、ご覧のとおり原文には『死ぬ(die)』という単語が出てこないことから、そこにこだわって日本語を選ばれた、三輪さんのこの訳が、私はとても好きです。(三輪えり花さんは、シェイクスピア劇ほかの演出を多数手がけてこられた演出家であり女優で、私が学んだライブインタラクション®️の提唱者でもあられます)

物語の終盤で、決闘試合を挑まれたハムレットが、ひきとめる親友に向かって、死をも覚悟したうえで、「現状放任さ」(同じく 三輪えり花 訳、原文は『Let it be』、なすがままに任せるの意)とつぶやくシーンがあります。あらがうことの出来ない『死』を前にしたとき、そう言いきったハムレット、それは裏を返せば、彼の一生が 現状にあらがい続け現状打破を試み続けた人生だったということです。

ハムレットは架空の人物だけれど、私は彼に、彼の人生に、深い深いシンパシーを感じ、あなたに会えてよかった、と、胸や皮膚がぴりぴりします。

 

サイコロ(決断)は、現状維持でも、現状打破でも、どちらでもかまわない、振ると決めて、振るだけ(選ぶと決めて、選ぶだけ)です。(振ったあとが決めたとおりになるとも限らない)

ただし、命あるかぎり、『現状放任(=現状に立ち向かわずにただ投げ出す・あきらめる)』という選択肢だけは、あり得ないというか、そんな事してる場合じゃないんじゃないかと、思うのです。 

だって、

こんな病気になっときながら、ある日突然、事故とかで死ぬかもしれないし、あ、そっちなの死因?みたいな(笑) 

だから、どうやったら長く生きられるかと気を揉むんじゃなくて、

死ぬまで生きるのは皆おなじ、だからこそ、何をやりたいのか、その準備や対策もふくめてやれそうなことは全部やってみる 。

その結果、待たされたり変更になったりするのなら、それは何も落ち込むようなことではないのです。単なる、次へのステップ、『神様の時間調整』『最善のことが最善のタイミングで起きる』ってヤツです。

 

わー  頭真っ白〜〜〜、ってなっても、

 力まない、腐らない。焦らない、諦めない。

それさえ分かっていれば、答えが出ない間もくつろいで笑ってることも出来るし、我慢せずに泣いても怒っても大丈夫(^^)

私も答えはまだ出ていません。

 

 

 

…っていう、この文章が、チカラ入りすぎ、っていう、話(笑)??

 

(深呼吸して、リラックスしてから、投稿しまーす    投稿したら、お笑いの動画観ようっと

長文にお付き合いありがとうございました!)